
- 質問 -
私はどもり(吃音)です。
普段はそんなにどもることはないのですが、電話での対応や、定型文(挨拶など)のはじめの一音がでなくなります。
そのせいで本当につらい思いを何度もしました。
克服法を教えて下さい。
- 回答 -
私の体験で質問者さんに当てはまらないかもしれませんが、しかし、一冊の本を読んでから
いま、私はどもりが、だんだんと改善されてきていますので、もし少しでも参考になればと思います。
私も客商売でどもりがあり、つらい思いをしました。
それで、
いろんな本を読んでどもりを治そうとしたり、しゃべりのうまい人の研究をしたりと いろいろ努力してきました。
しかし、どもりを克服しようと努力すればするほど、一時的な気休めにはなりますが却って、どもりが治らないのを確認するだけでひどくなっていきました。
一言いえるのは、もし、いまあなたがどもりを克服しようと何か努力やトレーニングをしているのならば、すぐにそれを止めることをお勧めします。
大変、お辛いかも作業かも知れませんが、
「自分はどもりで緊張する人間だ」と受け入れる
、自分はそういう人間だと認めることだと思います。
現実のどもってしまう自分を認めることでだんだんと それが気にならなくなってくるのではないでしょうか。
私の例ですが、私は喋りが下手なくせに うまくテレビの司会者のようにしゃべろうと思っていました。
そう、しゃべらないと周りの人から馬鹿にされると思っていました。
へたくそで、どもるのに自分に完璧にしゃべることを期待してそれができないと落ち込みました。
普通に考えれば、普通の人以上に下手なんだから、そんな完璧にしゃべれないほうが普通です。
どもりの私が、司会者のように、完璧にしゃべれる事の方が異常です。
それは、一部のごく身近な人が自分がうまくしゃべれてないことを馬鹿にしたり、からかったりしたことを真に受けて
ほかの人まで、私がどもると馬鹿にすると思い込んでしまっていたからです。
どもりが、だめだという解釈をしていたのは 自分だけで周りのほとんどの人は、どもったからと言って馬鹿になんてしないことに気づきました。 逆に、「がんばってるなあ」と温かい目で見てくれている人もいるはずです。よく考えてみたら、温かい人のほうが多かった気がします。
馬鹿にしたのは、ほんの身近なごく一部の人間だけです。
どもりが駄目な事だと思っているのは、他でもない自分だと気づくこと。
温かい目で見てくれている人がいる事を信じ信頼すること。
だから、どもっても恥ずかしくないし、大丈夫とどもりを受け入れることだと思います。
上手にしゃべれるは事はすばらしいかもしれませんが、自分が思っているほどの価値はありません。
逆に、今のしゃべり方こそが、誰でもない自分のしゃべりです。
だから、今がんばっている自分の言葉は全く恥じることのないすばらしい物だと気づきました。
どもりを治そうとしないことが克服法だと思います。
長々とすみませんでした。
(この記事は「Yahoo知恵袋」より引用させて頂きました)

